自分は何故使われているのだろう?(ジャイアントキリング)

最近、ジャイアントキリングを読み返す機会が出来た、今モーニングでは椿が代表デビュー!なのだが、
今回のオススメのシーンは対大阪ガンナーズ戦(最初の方)で夏木がゴールはチームの為のもの、とは限らない!というエゴイズムをFWは持たないといけない!と何と無く気が付いてやっと反撃の狼煙のザッキーのゴール、後にバッキーに取れない鬼パスをあえて出し続けた王子のフリーキックを起点に杉江のヘッドで同点、してさらにイケイケっぽいETU・・、しかし雰囲気的には同点どまりの中、一人ETUは交代枠を使い切った事てほっとしている世良君、いやいや、そんな事て喜んでられないと気が着きつつ、ある疑問を抱きます。
「なぜ、監督は結果の出てない自分を使い続けるのだろう?」と・・。自分らフィジカルもテクニックもない、シュートも決してうまくない・・。のに監督は何故こんな自分を・・。
「あいつは出来ないことをよくわかってるよ」と監督、でも出来ないからこそ数少ない出来ることを知っている。
で、世良君は出来る事を最後の最後でやり遂げます!
このシーンは本当に感動します。